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    <title>加島美術｜オンラインギャラリー｜掛け軸</title>
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    <updated>2012-01-14T10:58:18Z</updated>
    <subtitle>加島美術で取り扱っている掛軸（近世絵画、近世書、近代絵画、近代書）取扱作品一覧の御案内</subtitle>
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    <title>円山應挙（まるやまおうきょ）「寿老人」</title>
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    <published>2012-01-14T09:15:08Z</published>
    <updated>2012-01-14T10:58:18Z</updated>

    <summary>1733〜1795   江戸後期の画家。円山派の祖。丹波国生。名は応挙、字は僊斎...</summary>
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        1733〜1795   江戸後期の画家。円山派の祖。丹波国生。名は応挙、字は僊斎・仲選、号は一嘯・夏雲・仙嶺等、通称は主水。幼少より絵を好み、その後、京都の石田幽汀に狩野派の画法を学んだ。幽汀の写生的画法に、沈南蘋の写実風、宋・元画の技法を取り入れた。また西洋画の遠近法を研究したことでも知られる。兵庫県の大乗寺や香川県の金比羅宮にある障壁画は特に有名。門人には長澤蘆雪・山口素絢・吉村孝敬らがいる。
        元禄元年に應挙が制作した「竹鶴松図屏風」の鶴の写実性の高さには、誰もが高い評価を示した。そしてこれと同じ年、「壬辰仲秋寫」の年号が入った本作にもそれと通ずる描写が見られる。首から足の爪に至るまでの骨格構造からは鶴独特の緩やかさが見事に表現され、目を近づけて見える細かな筋が、柔らかな羽毛の一枚一枚に写る。穏やかな表情を湛えている寿老の眉毛や髭の透けるような描写は、應挙の人物画の特徴である。着物の筆遣いは勢いよりも、正確な造形を重視するかのように、ゆっくりとした筆致が見える。本作からは「実物の模写こそが最大の師」と唱える應挙の信念が垣間見えてくるだろう。

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    <title>バーナード・リーチ　「宍道湖」</title>
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    <published>2011-11-01T09:05:12Z</published>
    <updated>2011-11-01T09:27:03Z</updated>

    <summary>1887～1979 イギリス人の陶芸家、画家、デザイナー。香港生。幼少期を日本で...</summary>
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        1887～1979
イギリス人の陶芸家、画家、デザイナー。香港生。幼少期を日本で過ごす。
帰英後、来日する。宮川香山・六代目尾形乾山に師事。楽焼を学ぶ。途中、北京
に移る時期もあった。柳宗悦等、多くの日本人作家と交流している。東西の伝統を融合・創作した人物である。

        イギリス人でありながらも日本の様式美に学んだバーナード・リーチ。柳宗悦らとともに民芸運動に関わり、優れた陶磁器作品を生み出した彼の作風は、たゆたうような意匠が特徴的で、本作でも草木や雲のたなびく様子に風の流れが感じられる。宍道湖とは島根県にある湖で、日本滞在の際に様々な地を訪れていたリーチは、この湖にも立ち寄ったと思われる。懐かしくあたたかい雰囲気は、彼に影響を与えたホイッスラーの絵画に通じるものがある。静謐で郷愁さえ抱かせる情景は、日本への愛情に満ち溢れている。
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    <title>懸 治朗（あがた　じろう）「雲海」</title>
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    <published>2011-06-30T15:00:56Z</published>
    <updated>2011-07-01T07:17:04Z</updated>

    <summary>1897-1982 工芸家。長野県生。はじめ田中親美の門人となる。その後、古美術...</summary>
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        1897-1982
工芸家。長野県生。はじめ田中親美の門人となる。その後、古美術を研究し小林古径に師事。
平安時代から伝わる金銀砂子、切箔、切つぎ、やぶりつぎの手法をとりいれた料紙を研究し、
装飾性豊かな壁面画の制作に挺身している。吉川英治国民文化賞受賞
        80年余りを山に親しみ日本の美を吸収し、また平安朝から現代の日本の美術まで触れた治朗の描くその絵には、色濃く淡く様々な色合いで重層する山脈、拡がる雲海、そこから昇る日、そこへ沈む日、たゆたう霞や陽炎と自然を眺めてみては描き、そこに砂子･切箔･禾を合一させる画風である。この雲海の山脈には霊気が表現され迫真力がありながら高雅でない名状し難い風格を備えている。そして日本本来の姿を観る者に再確認させ、今の世に語りかけている。
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    <title>長澤 蘆雪 ながさわ ろせつ 画　皆川 淇園 みながわ きえん 賛 「林和靖」</title>
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    <published>2011-05-30T03:55:05Z</published>
    <updated>2011-06-07T01:00:13Z</updated>

    <summary>長澤 蘆雪 画(ながさわ ろせつ) 1754-1799 江戸後期の画家。山城国淀...</summary>
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        <![CDATA[長澤 蘆雪 画(ながさわ ろせつ) 1754-1799 江戸後期の画家。山城国淀藩士の上杉家に生まれ、長沢家の養子となる。名は政勝・魚、字は氷計・引裾、通称は主計、別号に干洲漁者・干緝。画法を円山応挙に学び、独自の画境を開いた。奇抜な発想と大胆な画面構成で傑作が多い。寛政11年（1799）歿、45才。 <br />皆川淇園 賛(みながわ きえん) 1735 - 1807 江戸後期の儒者。京都生。父春洞は一説に東福門院の御典医と言われる。名は愿、字は伯恭、別号に有斐斎・有斐斎等。開物学と称する独自の説を樹立し、私塾弘道館を開き多くの門人を擁す。画は初め望月玉蟾に学び、のち円山応挙・呉春・岸駒・長沢蘆雪らと交わる。文化４年（1807）歿、74才。]]>
        画題「林和靖」とは、中国宋時代の詩人である。20年にわたって世俗との関わりをたち、梅を妻のように愛し、鶴を飼って子どものように可愛がっていた。

ゆるやかな線で形態を捉えているこの作品は蘆雪が寛政後期に、子供と犬を描いた「一笑図」と似た筆使いが用いられており、粗豪なようでも心情の奥深さを演出できるのは、蘆雪の大きな特徴と言える。本作に描かれた落ち着いた表情とゆったりした衣などの描写は、周りの変化にとらわれない、しかし、どこかもの寂しい独特な雰囲気が印象的である。

一般的に知られる蘆雪の&quot;奇抜さ&quot;や&quot;大胆さ&quot;とはまた別の一面が感じ取れる作品である。
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    <title>森 祖仙（もり そせん）「猿図」</title>
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    <published>2011-04-26T05:36:54Z</published>
    <updated>2011-05-03T00:57:14Z</updated>

    <summary>森祖仙は大阪で活躍し「猿描きの祖仙」と言われるほどに猿の画にたけていた絵師である。他に猿・猪・鹿など動物画に絞り創作をしていた。祖仙は還暦を境に狙仙と改めた。この画は中年期のものである。応挙の画風を学び、ぼかしの技法を使いこの柔らかい毛描は祖仙の特徴である。心遠館コレクションにある「猿猴狙蜂図」のように粗い毛並みの猿もいる。同じ猿図でも祖仙の表現力の広さが分かる。この猿画は親子のほほえましい場面を切り取っている。母が子を思う厳しくも優しい眼差しが印象的である。</summary>
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        (1747～1821) 江戸後期の絵師。肥前生。名は守象、字は叔牙、号は祖仙（のち狙仙と改める）。狩野派や円山應挙から影響を受けつつ独自の画風を追求し、森派の祖となった。獣類の毛描に独自の画法を発揮し、動物の画題をよく取り入れた。とりわけ猿と鹿を得意とした。
        森祖仙は大阪で活躍し「猿描きの祖仙」と言われるほどに猿の画にたけていた絵師である。他に猿・猪・鹿など動物画に絞り創作をしていた。
祖仙は還暦を境に狙仙と改めた。この画は中年期のものである。応挙の画風を学び、ぼかしの技法を使いこの柔らかい毛描は祖仙の特徴である。心遠館コレクションにある「猿猴狙蜂図」のように粗い毛並みの猿もいる。同じ猿図でも祖仙の表現力の広さが分かる。
この猿画は親子のほほえましい場面を切り取っている。母が子を思う厳しくも優しい眼差しが印象的である。
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    <title>白隠慧鶴（はくいんえかく）「観音画賛」</title>
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    <published>2011-01-31T08:55:22Z</published>
    <updated>2011-01-31T10:03:56Z</updated>

    <summary>1684～1768 江戸中期の臨済宗の僧。駿河生。勅謚は初め神機独妙禅師、のち正...</summary>
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        1684～1768
江戸中期の臨済宗の僧。駿河生。勅謚は初め神機独妙禅師、のち正宗国師。15才で松蔭寺単嶺祖伝に就いて出家、慧鶴と称する。のち美濃の瑞雲寺馬翁宗春、伊予の正宗寺逸禅、越後の英岩寺性徹らの門を歴参。享保3年妙心寺第一座となる。東嶺円慈・遂翁元盧らを育て、臨済禅の中興を成し遂げ、よく民衆に禅を広めた。
        &quot;観音様&quot;というと、「荘厳で、神々しくも慈愛に満ちている女神様」というイメージを思い浮かべる人が、多いのではないだろうか。
美術における観音菩薩像の描写ではその神秘的存在を、特別大きい全体像表現や明度の高い色彩を用いることによってアピールする場合が多い。
では、白隠慧鶴が描いたこの観音像はどうだろうか。
墨のみで描かれた観音様が小さくちょこんとお座りになっている様子は、一休みしているようにも見える。お疲れになっているのか、背中も丸くなってしまい、光輪もなく、煌びやかな印象はあまり感じ取れない。それでも、その表情をしばらく眺めていると、視線を下に向け、私たちを見守って下さる様で、不思議と温かい気持ちになってしまう。ここに白隠の観音像が見える。
また、全体のゆったりとした筆遣いには、「心を落ち着かせて、気張らず、休みも挟みながら前へ歩いてゆきなさい」という白隠のメッセージが込められているのかもしれない。
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    <title>楠 瓊州（くすのき けいしゅう）「水墨瀑布図」</title>
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    <published>2009-07-01T09:37:54Z</published>
    <updated>2009-12-03T05:21:44Z</updated>

    <summary>名利から離れ、生涯ひとり静かに絵を描き続けた南画家・楠瓊州の名前を知る人は少ない...</summary>
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        名利から離れ、生涯ひとり静かに絵を描き続けた南画家・楠瓊州の名前を知る人は少ない。 鉄斎や玉堂に傾倒した瓊州は、生涯に多くの山水画を残した。そこには鬱蒼と茂る草木と岩山、その合間をすり抜けるように流れる渓流が多く描かれる。幾重にも引かれた線は奇妙な画面の歪曲を生みだし、それが瓊州ならではの画面を作る。しかしこの作品に描かれる滝の清々しさといったらない。 ひと息に滝壷へ落下してゆくこの水の潔さ。 瓊州の持つ純粋で爽やかな力強さがこれほど前面に出た作品も珍しい。 一つの迷いもないかのように、真っすぐに力強く引かれた線は見る者の気持ちをも引き締めてくれるようだ。 私は陽炎の立つような夏の日に、ちょっとこの作品をかけておきたい。 真夏の空から視線を作品へ移したその一瞬、滝坪で唸る水音が聞え、清らかな水の冷たさまで感じられそうだ。
        日本画家。広島県生。名は善二郎。田中柏陰の門人。高等小学校を卒業後、服部五老の内弟子となって絵の修行に励むが、父の急逝により、尾道に戻り家業を継ぐ。その後再び京都に赴き南画家江上瓊山に師事。また、富岡鉄斎・浦上玉堂に私淑し、晩年は梅原龍三郎や中川一政らの影響も受けた。油彩や水彩、南画の融合を試み、詩書・篆刻・和歌も能くした。
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