今昔美術対談 Art Interview vol.02

今昔美術対談

今昔美術対談
近代美人画 蒐集の原点

美人画蒐集家として日本で屈指の人物として著名な福富太郎氏に近代美人画の魅力について語って頂きました。併せて美術品を入手する時の心構えについてもお聞きしました。以前、弊社からお納めした北野恒富の屏風絵に対する、福富氏の思い入れを話して頂いた事は実に感慨深いことでした。

加島
本日はお忙しい中、お時間を頂戴致しまして、有難うございます。早速ですが、会長が美術と出合われた端諸からお伺い出来ますでしょうか。
福富
私がコレクションを始める切っ掛けになったのは、少年の時の思い出からです。子供の時に見聞きした経験は、ある種の “なつかしさ„ を持って、その人の後世に影響していくんだね。この基本的な事の心理分析は、柳宗悦が蒐集物語という著書の中で、若い頃の “なつかしさ„ が蒐集という事の原動力になると言っています。
加島
では、会長の絵画蒐集の根っこにつながる様な子供の頃のお話をお聞かせ下さい。
福富
私の父親は江戸っ子です。酒の好きな人でね、ある時深川の料理屋で飲んでたら、偶然尾竹國観の画会があって、それで12月だったもんだから、「赤垣源蔵 徳利の別れ」という題で揮毫してもらったんだな。有名な絵描きに描いてもらったってんで喜んじゃって、それからは12月になるとそれを掛けてたね。お袋の方は、鏑木清方が趣味で何点か持ってたんだ。12月以外は清方が掛かってたよ。私の15才の頃は戦争末期で、空襲の時、親が大切にしてた掛軸を防空壕に運び入れる間もなくて、焼けちゃってね…。家に何時も掛かってた軸がなつかしくてね、戦後になってキャバレーのボーイの仕事を始めてお金を貯めて、清方を買ったよ。

「薄雪」

加島
それは、会長がおいくつの時ですか。
福富
昭和22年19才の時。仲間には変わった奴だと言われたけれど。その後清方もだんだん優品に買い換えて清方先生にコレクションを見てもらったんだ。そうしたら先生がこれはいゝ、これはいゝと何点も感激してくれて、箱に先生の思いを書き付けてくれてね、特に明治、大正の作品を喜んでくれたな。
加島
会長のご自慢の清方作品と言えば何でしょう。
福富
この「薄雪」だね。僕は物語り性の有る人物画が好きで、特に心中物が好きなんだ。心中物と言えば、君のところから買った北野恒富の屏風は私の蔵品のも出色の作品だね。あれが手に入って、本当によかった。加島美術に感謝してるよ。

北野恒富

加島
突然ですが、今日、恒富の作品を一点見て頂こうとお持ちしてるんです。
福富
エーッ、アッ、これ、これはいゝですね。昭和のはじめのポスターを描いてた頃かな、ラファエロ前派の影響を受けたアールヌーボー的な作品だ。非常に良いものだね。顔の写実的なところに魅力がある。
加島
有難うございます。
福富
今考えると、君のところから、いろんなのを買ってるなあ。島成園ももらったよな、それから梶原緋佐子の大正期の作品とかもね。
加島
はい。やはり会長は大正デカダンといわれる退廃的な中に埋火の様なエネルギーが秘められた、そんな作品がお好みなのですね。
福富
大体はそこなんだけれど、それプラス、登場人物の内面的葛藤がその表情にはっきり出てる様な絵がいいね。そして物語りの一場面であったりすると、思わず引き込まれる。それと少し趣は違うけれど、尾竹國観の郭子儀図屏風も大事にしてますよ。あれも君から買ったんだ。上品で詩情豊かな物だった。親父が國観に絵を描いてもらった経緯があり、それを戦災から守れなかった悔しさもあったんでね。
加島
最近入手された物で、思い出に残る作品は何ですか。
福富
河鍋暁斎の幽霊図が買えた時は嬉しかったね。本屋さんの大市に出てゝね、僕は最初迷ってたんだけど、よく考えて入札する決心をしたんだ。落札出来て調査してみるとやはり眞作である事が判明した。嬉しかったよ。大英博物館も欲しいと言って来たしね。
加島
なるほど、こゝぞと言う時は、思い切りが大切だと言うことですね。 それでは、今日のインタビューの締めくくりに、会長の後に続くこれからのコレクターに何か一言お願いします。
福富
んー、例えば今日話題の中心になった北野恒富の系列に松本華羊と言う人が居てね、だいぶ前に業者が持ち込んできた作品なんだが、桜の木の下に縛られてる美人図なんだ、ちょっと見てどうも雰囲気が清方の「ためさるゝ日」に通じるものがあるんでね、「バテレンお春」と命名して、愛蔵しようと作者を調べたんだよ。そしたら、いたね大阪に。写真で見たら、絶世の美人でね、でも世に出る前に若くで、なくなった。しかしこれは良い絵ですよ。在世中認められなくても、いゝ絵を描く人はいるんです。そういうのを見付けるのがコツだね。だいたい画家が亡くなって50年、ある意味それくらいの時間が必要です。まわりもうるさくなくなって、本当の評価が出てくるからね。そして蒐集を始めたら、自分の目指すところを絞り込む事かな。
加島
本日はいろいろなお話を拝聴出来て、勉強になりました。長時間有難うございました。

Profile

加島盛夫
加島盛夫
株式会社加島美術
昭和63年美術品商株式会社加島美術を設立創業。加島美術古書部を併設し、通信販売事業として自社販売目録「をちほ」を発刊。「近代文士の筆跡展」・「幕末の三舟展」などデパート展示会なども多数企画。
福富太郎
福富太郎
昭和6年、東京生。約50年にわたり、浮世絵を始め日本画・洋画などジャンルを問わず膨大な数の絵画作品を蒐集。福富太郎コレクションと称される。『絵を蒐める 私の推理画説』、『描かれた女の謎』絵画に関する著書も多数。

※上記は美術品販売カタログ美祭2(2007年10月)に掲載された対談です。