PUBLICATIONS 鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.13 雪景鴛鴦図
渡邊 省亭 Watanabe Seitei
渡邊 省亭 雪景鴛鴦図

絹本 着色
127×50㎝/215×65㎝

vol.13 省亭の色彩感覚:雪景鴛鴦図

派手とは何だろうか。辞書には「姿・形・色彩などが華やかで人目をひくこと、またはそのさま」と定義されており、絵画芸術においては、強い色彩を広範囲に多用すること、またはその構図や配置が奇抜であることを主に示すだろう。派手であることはどちらかというとポジティブな評価をされることが多いが、少しの誤りで芸術性を損なう危険性が大きい。描き手の技量や色彩感覚が真に問われる難題である。

派手さは鳥の大きな魅力の1つである。私たち人間は、華やかな色彩の羽毛を装飾品として古来より珍重し、そのために乱獲されて激減もしくは絶滅してしまった種もある。では、どの鳥が最も派手だろうか。と言っても、前述のように派手の定義は幅広いため、どの側面を重んじるかによって、候補や順位が大きく変わる。一つに、赤・黄・青などの輝くような原色で着飾った目立つ鳥を派手と評価する考え方がある。例えば日本の鳥では、アカショウビンは全身が赤く(腰に青白い線がある)、コウライウグイスは全身が明るい黄色で(目元から後頭部にかけては黒い)、オオルリは上面が瑠璃色に輝いている(顔と胸は黒く腹は白い)。彼らは、色数は少なく複雑な模様も無いが、目立つ原色1色で派手さを堂々と演出している。他方で、色数の多い鳥を派手とする考え方もある。日本の鳥の例としては、ヤイロチョウやキジ、カワセミなどが挙げられる。中でもヤイロチョウ(八色鳥)は、名前の通り8色の原色で体が塗り分けられており、希少性も相まって大変人気がある。

しかしながら、多数の原色で飾られたオシドリが派手な日本の鳥の代表であることには、異論はほとんど無いだろう。彼らはカモの仲間で、雄は派手な色彩の装いを誇り、一方で雌は色味の少ない地味な姿をしている(カモ類の多くの種も同様である)。本来は東アジアの固有種だが、現在は世界各地で飼育され、イギリスなどでは野生化している。森林に近い水辺で暮らし、ドングリなどの果実を好んで食べ、大木の樹洞内に営巣する。雛は孵化後すぐに樹洞から地面へ跳び下り、母鳥に付き従って水辺に移動して育つ。私の弟子が跳び降りた場面に幸運にも居合わせたが、母鳥の呼びかけに応じて雛は樹洞の出口に向かってピョンピョン跳びはね、数メートル下の地面へ次々と落下していったそうだ。そのような生活を長年しているため、雛が怪我することは無い。ちなみに、仲の良い夫婦を「オシドリ夫婦」と表現することがあるが、鳥類学的には誤用である。オシドリはつがい相手を毎年替え、雌のみが子育てをし、雄は何も手助けしない。そのため、鳥類学者やバードウォッチャーが主役の結婚式では、「オシドリ夫婦にならないように」と語るスピーチが定番である。

この派手なオシドリの雄の色彩をじっくりと観察してみよう。体の各部位がそれぞれ異なる色であることが分かるはずだ。嘴はピンク、額と後頭は青緑、頭頂は赤紫、目上と下腹は白、頬と銀杏羽(船の帆のような特徴的な三列風切羽)と脚はオレンジ、胸は青紫、胸の脇と脇腹の後部は白黒の縞模様、背の一部と銀杏羽の外縁は青、脇腹は茶と黒の細かな縞模様、翼と尾は灰緑と、おおざっぱに数えても10色もある。他の色数の多い日本の鳥だと、ヤイロチョウは名前の通りに8色、キジは7色、カワセミは6色程度なので、オシドリは日本で色数が最も多い鳥と断言していい。

さて、こんなに色数が多いオシドリの雄を、省亭はどのように描いたのだろうか。本作品のオシドリの色数を同じように数えてみよう。嘴はピンク、額と後頭と銀杏羽の外縁と胸の脇の縞模様は暗い青緑、頭頂と胸は赤紫、目上と下腹は白、頬と銀杏羽と脇腹と脚はオレンジ、翼と尾は灰緑と、たった6色しか見られない。青緑は暗く抑制的で、青紫や青や黒の代用にもなっており、青系の原色の使用を意図的に避けたように思う。省亭は「雪中鴛鴦之図」(東京国立近代美術館蔵)や「十二ヵ月花鳥図 二月」(個人蔵)でもオシドリを描いているが、同様に青系の原色の使用を控えている。

どうして省亭はオシドリの色数、特に青系の原色を抑制したのだろうか。オシドリを実物の通りに10色で描くと、何かしらの不都合があったのだろうか。10色を塗った本作品のオシドリを想像して考えてみよう。青・青紫・黒・茶の4色を追加し青緑を明るくすると、オシドリの印象は大きく変わる。青系の色合いが強調され、逆にオレンジ色の色合いが薄れるため、輪郭やコントラストが際立ち、オシドリの存在感はさらに高まるだろう。そうなると、鑑賞者の視線はオシドリから離れ難くなり、画面の余白は意味を為さなくなってしまう。余白の構図を重んじる日本画としては、この色彩バランスの悪さは致命的だ。

省亭はこれをかなり意識したのではないだろうか。そのため、青系の部分は全て暗い青緑で抑えて、オシドリをオレンジ色のぼやけた存在に矮小化した。すると鑑賞者の視線はオシドリから離れやすくなっただろう。その上で、オシドリの上に黄色い菊の小花を咲かせ、横と下には緑の笹と赤い実をつけた緑の草を描いて、オシドリには無い3色(赤・黄・緑)を画面に加えた。すると鑑賞者の視線は背景にも向くようになり、左上の余白も注目されるようになるはずだ。

10色も含んでいるオシドリは、絵師や画家にとっては魅力的な画題であると同時に、画面の色彩バランスをぶち壊す厄介な相手でもある。色の暴走をいかに抑えるか、それとも敢えて暴走させた上で上手くまとめるか、描き手の技量と色彩感覚が明白に問われてしまう。省亭は色を抑えることでオシドリと向き合った。本作品は、省亭の色彩性を明示している。

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高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。
専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。
鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。