PUBLICATIONS 鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.28 花鳥図屛風(右隻)
渡邊 省亭 Watanabe Seitei
渡邊 省亭 花鳥図屛風(右隻)

二曲一双 紙本金地着色
173×174cm 個人蔵

vol.28 独りでいる理由 みんなといる理由:花鳥図屛風(右隻)

鳥は群れる生き物である。駅前で餌に集まるドバト、公園の池に浮かぶカモ、電線に並ぶスズメ、夕方にねぐらへ向かうカラスなど、身近で見かける鳥たちの多くは複数羽で群れて生活している。鳥の大群が空を埋め尽くす光景は、私たち人間に畏怖を感じさせることもあるが、自然界においては日常的で珍しくない現象である。

では、どうして鳥は群れるのだろうか。鳥類学者は行動生態学的な視点から、この疑問の解明に長年取り組んできた。鳥が群れるかどうか、その規模が大きいか小さいかは、種類によって、または季節や状況によって大きく異なる。卵を産み子育てする繁殖期には、当然ながらつがいや家族で生活している。そのため基本的には数羽の小群しか作らないが、カモメ類やウ類など一部の鳥は大勢で集まって繁殖するため、多数のつがいや家族が集合した大群を形成する。一方で非繁殖期は、つがいや家族単位で少数で暮らすもの、それらが集まって群れを作るもの、全くの赤の他者同士が集まって大群を作るもの等、種類によって作る群れの規模や内訳が異なる。なお、非繁殖期は単独で暮らし、群れを決して作らない種類もいる。

群れること、すなわち「複数羽が一緒に居ること」は、必ず何かしらの理由がある。群れることにメリットが無いならば、単独生活の方がいろいろと都合が良い(例えば、見つけた食物を独占できる等)。群れる第一の理由は、外敵からの防衛である。複数羽でいると、外敵を発見しやすいし、数の力で外敵を追い払いやすくなる。また、自分自身が外敵に狙われる確率が小さくなる。第二の理由としては、食物を得やすいことが挙げられる。複数羽でいると、単独では処理できなかった大きな獲物も扱えるし、隠された食物のありかを見つけやすくもなる。第三の理由としては、群れの構成員から繁殖相手や有益な情報を得られることが考えられる。もちろん、繁殖期につがいの雌雄や家族が一緒に居るのは、繁殖し子育てをするためである。

さて本作品では、咲き誇る山桜の木に、2羽のコマドリがとまっている。コマドリ(体長14cm)は日本を代表する美声の小鳥で、ウグイスやオオルリと共に日本三鳴鳥に数えられる。日本列島とサハリン南部の森林で繁殖し、大多数は中国南部へ渡って越冬する。本連載第24回で紹介したアカヒゲと極めて近縁な姉妹種で、両者の学名が新種記載時に取り違えられてしまったことは有名である(コマドリにはLuscinia akahige、アカヒゲにはL. komadoriと学名が逆に付けられてしまった)。顔と尾は明るい橙色、背と翼は橙色っぽい薄茶色で、腹は白いが薄汚れている。雄は胸の橙色部分と白色部分の境が黒線で明確に区切られているが、雌は黒線が無く境があいまいであることで区別される。この羽色の雌雄差を鑑みると、本作品のコマドリは2羽とも雄である。省亭は「梅にこまどり」(齋田記念館蔵)でも白梅の木にとまる2羽のコマドリを描いており、やはりどちらも雄である。
コマドリの雄が2羽一緒に描かれているこの2作品の光景は、鳥類学的にどのように解釈できるだろうか。彼らが一緒にいる行動生態学的な理由が、何かしら考えられるだろうか。鳥類学的な正確性は芸術性とは無関係ではあるが、無理を承知でこの状況を検討してみたい。

渡辺省亭「梅にこまどり」
「梅にこまどり」
斎田記念館蔵

白梅や山桜が咲いているから季節は春で、コマドリは越冬地から飛来して日本列島内を北上している“渡り”の最中であろう。しかし、この時期にコマドリが群れることはあるだろうか。私はコマドリの渡りの様子をよく知らないし、それを報告した研究文献も今のところ見当たらない。けれども、同じ仲間で類似した生態を持っているだろうジョウビタキやルリビタキ等から推察すると、コマドリは繁殖期にはつがいや家族で暮らすだろうが、渡りを含む非繁殖期は単独で生活しているはずだ。複数羽が一緒に居ることはとても考えられない。さらに、彼らは2羽とも雄だ。春の渡りの時期は繁殖期の始まりでもあるので、雌雄が一緒に居ることならばありえなくもない。けれども、雄同士がこのように接近するなんて、ケンカ以外は全く無いはずだ(彼らがケンカしている様子は無い)。すなわち、これら2作品の光景は、どう考えてもコマドリの生態としてはありえないと断言せざるを得ない。

ではどうして2羽の雄が並んで描かれているのか。「梅にこまどり」を改めてじっくりと見ていると、この2羽のある身体的特徴に気付いた。彼らはどちらにも胸に不自然な黒斑があり、尾は不自然に二股に割れている。省亭がある1羽のコマドリをモデルとして彼ら2羽を描いたということだろうが、全く描き分けなかったことが不思議でならない。ということは、省亭は「2羽のコマドリを描いた」のではなく、文字通りに「1羽のコマドリを描いた」のではないだろうか。この作品は、1羽のコマドリがとまった白梅の2つの瞬間を、まるで連続写真を重ねたように同一画面上に表現したものなのだろう。白梅は動かないから、動いたコマドリが2羽に見えただけである。この解釈ならば、鳥類学的な矛盾は無く、「花鳥図屛風」でも同様だったのではないだろうか。これが、省亭の2羽のコマドリについての私の結論である。

高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。
専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。
鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。


今回のコラムでご紹介した《花鳥図屛風》が出展中!

渡辺省亭ー欧米を魅了した花鳥画ー
https://seitei2021.jp/

2021年3月27日(木)~5月23日(日)
於:東京藝術大学大学美術館
https://www.geidai.ac.jp/museum/
※本展は事前予約制ではありませんが、今後の状況により変更及び入場制限等を実施する可能性がございます。
最新情報は、ご来館前に再度ホームページでご確認ください。

〒110-8714 東京都台東区上野公園12-8
03-5777-8600(ハローダイヤル)

2021年5月29日(土)~7月11日(日)
於:岡崎市美術博物館
https://www.city.okazaki.lg.jp/museum/index.html
〒444-0002 愛知県岡崎市高隆寺町字峠1番地
0564-28-5000

2021年7月17日(土)~8月29日(日)
於:佐野美術館
https://www.sanobi.or.jp/
〒411-0838 静岡県三島市中田町1-43
055-975-7278

※《花鳥図屛風》は後期日程での展示となります。展示期間:4月27日~5月23日


今回のコラムでご紹介した《梅にこまどり》を所蔵する美術館

一般財団法人 齋田茶文化振興財団・齋田記念館
〒155-0033 東京都世田谷区代田 3-23-35
Tel:03-3414-1006
WEB : http://saita-museum.jp/
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齋田記念館 春季企画展 古き良き日本の美 
渡邊省亭と谷文晁摸写《佐竹本三十六歌仙絵巻》 
2021年4月1日(木)~5月22日(土)                  
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