PUBLICATIONS 鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.26 雪中鵯図
渡邊 省亭 Watanabe Seitei
渡邊 省亭 雪中鵯図

絹本着色・双幅
135.5×49.3cm

vol.26 鳥が変えた芸術:雪中鵯図

ヒヨドリ(体長27cm)は身近な小鳥である。体はスズメよりも大きくて細長く、羽毛はすすけた灰色で(鈍く輝く銀色と言えなくもない)、体の割には翼や尾がかなり大きい。頭にはぼさぼさした冠羽が生え、黒光りした嘴は細長く、橙色の頬だけは少々かわいらしく感じる。山地や平地の林に生息し、市街地の公園・社寺・街路樹・人家の庭などのちょっとした木立でも暮らすことができる。「ヒーヨヒーヨ」と大声で鳴き、動作がいちいち大げさで、大変目立つ。昆虫や小さな果実を食べるが本来は相当の甘党で、ツバキやサクラの花蜜を好み、リンゴ・カキ・ミカン等の甘い果物に目が無い。気性はかなり荒っぽく、餌を独占しようと他の鳥を激しく追い立ててしまう。

ヒヨドリは近年に暮らし方を大きく変えた鳥でもある。かつては大多数が山地や里山で繁殖し、市街地には冬にだけ飛来する鳥だったそうだ。少し古い鳥類図鑑には、ヒヨドリは「人里では冬鳥」または「漂鳥」と書かれている(漂鳥とは、夏は高山で暮らし、冬は平地で暮らすように、生活する標高が季節で変わる鳥を指す)。けれども1970年代頃から市街地に年中留まるようになり、今では多数が都市部でも繁殖している。いつもは目立つヒヨドリも、繁殖期はあまり自己主張せず、庭木や街路樹の木立の中に小さな巣を作って、ひっそりと子育てをしている。

こんな身近なヒヨドリだが、日本画にはあまり登場しない。たくさんの鳥が散りばめられた花鳥図の中に稀に描かれることはあっても、主役として扱われたことはほぼ無かった。あまりにも身近にたくさんいて珍しくなかったこと、羽色や鳴き声があまり美しくないこと、荒い気性で可愛げが無いことから、昔も今も人気はイマイチだったのだろう。

そこに敢えて挑んだのが省亭だった。本作品は、ヒヨドリを主役に大抜擢した大変珍しいもので、その細かさは省亭作品の中でも随一である。まずは体の羽毛の表現に注目したい。白・灰色・薄茶色が細かく塗り重ねられ、全体の絶妙な色加減を構成している。実物のヒヨドリの羽毛は薄茶色だが、先端の一部は銀灰色で、羽毛の重なりで見えないはずの根元は白っぽくフワっとしている。省亭の描写は、実物の羽色の細かさを忠実に再現しており、それが体の柔らかさと弾力をも表現できている。また、尻から尾の付け根にかけての白く縁取られた羽毛の重なり、冠羽のぼさぼさ感、目の縁取り、上嘴の先端が突き出て少し下へ曲がっているところなど、他の細部も恐ろしいほど写実的で正確である。暫定ながら「ヒヨドリを描いた世界一の絵画」と認定していいだろう。

省亭と同じくヒヨドリを主役にした数少ない芸術家に、藤本能道(1919-1992)がいる。彼は昭和後半を代表する陶芸家で、独自の色絵磁器で高い評価を得た。彼が制作した磁器には花鳥が独特の写実性で描かれ、カワセミ・モズ・ジョウビタキ・シジュウカラなど彼が暮らした東京近郊の身近な鳥が多く登場する。それらは実に多彩で、磁器に描かれた色絵とは全く思えないほど写実的である。

能道のコレクションで有名な菊池寛実記念 智美術館の所蔵の中から、ヒヨドリが描かれた作品をピックアップしてみよう。「草白釉釉描色絵金彩椿鵯之図六角大筥」では咲き誇るツバキの木にヒヨドリが佇み、「色絵木蓮と鵯八角筥」では大きなモクレンの花のそばにヒヨドリがとまる。どちらも早春の風景で、ヒヨドリはこれらの花蜜が目当てなのだろう。「色絵十二角皿 鵯と桜んぼ」では、初夏の緑の中のヒヨドリが赤く熟したサクランボを狙っている。いずれの作品も甘党のヒヨドリの習性を正しく表しており、羽色や形態は鳥類学的に十分に正確である。

藤本能堂「色絵十二角皿 鵯と桜んぼ」
「色絵十二角皿 鵯と桜んぼ」1984年頃
高2.8 幅26.2 奥行25.7
菊池コレクション 撮影:大川裕弘

省亭のヒヨドリと能道のヒヨドリは何が違うだろうか。私が注目したのは背景の季節であった。限られた作品数ではあるが、省亭は冬、能道は早春と初夏の場面を描いている。省亭が活躍した明治時代では、ヒヨドリは山地で繁殖し、都市住民がヒヨドリを目にするのは冬だけだった。そのため、省亭は当然のように冬の雪景色の中に彼らを描いている。一方で能道がヒヨドリを描いたのは昭和後半で(上記3作品は1970年代~1980年代に制作された)、ちょうどヒヨドリが市街地でも繁殖し始めた頃である。そのため、早春だけでなく初夏の場面にもヒヨドリを描くという発想が生まれたのだろう。
もしヒヨドリが早くから人里で繁殖していたならば、省亭は緑葉の中のヒヨドリを描いていただろう。逆にヒヨドリが今でも山地だけで繁殖していたならば、能道の「初夏のヒヨドリ」は生まれなかったに違いない。鳥の分布や生態の変化は、人間が生み出す芸術を変える可能性を持っている。言い換えると、作品の背景と制作年代から、描かれた鳥が歩んだ歴史を推察することができる。鳥類学と芸術論は、このように密に繋がった学問同士と言えるのではないだろうか。

高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。
専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。
鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。


今回のコラムでご紹介した《雪中鵯図》を所蔵する美術館

一般財団法人 齋田茶文化振興財団・齋田記念館
〒155-0033 東京都世田谷区代田 3-23-35
Tel:03-3414-1006
WEB : http://saita-museum.jp/
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齋田記念館 春季企画展 古き良き日本の美 
渡邊省亭と谷文晁摸写《佐竹本三十六歌仙絵巻》 
2021年4月1日(木)~5月22日(土)                  
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