PUBLICATIONS 鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.34 松樹にかささぎ
渡邊 省亭 Watanabe Seitei
渡邊 省亭 松樹にかささぎ

絹本 着色 共箱
130×50㎝
個人蔵

vol.34 日本とヨーロッパを結ぶもの:松樹にかささぎ

日本では約650種の鳥類が現在までに記録されている。皆さんはこれを多いと感じるだろうか、それとも少ないと感じるだろうか。世界には約1万種が生息しているので、日本にはその約6.5%が生息している計算になる。一方で、地球の表面積は約5億km²、日本は陸地が約38万km²、領海が約43万km²で、合わせて約81万km²なので、日本という国は地球の約0.16%しか占めていない。これらを比べると、日本は面積の割には鳥類の種数がかなり多い国と言うことができる。

この日本産鳥類の内訳を見てみよう。日本産鳥類の公式リストは日本鳥学会が発行した日本鳥類目録で、最新の改訂第7版(2012)には633種が掲載されている。その中で、世界の中で日本にしか生息しない「真の日本固有種」は17種あり(5種は絶滅)、ほとんど日本固有種として扱っていい種(日本国外にもわずかに分布している種や、繁殖地は日本にほぼ限定される種)は13種ある。これら「広義の日本固有種」は日本産鳥類の約4.7%を占め、割合が比較的高いと評価されている。①島国であること、②列島が南北に細長く続くために多様な気候があること、の2点がその進化学的な理由である。

残り約95%は他国との共通種で、どの程度の範囲で共通しているかは種類によって個々に異なるが、ここでは全体像をざっくりと紹介したい。生態学には生物地理区という概念があり、生息する動植物種の共通性から、世界を8つの地理区にまとめている。日本の大部分はヨーロッパから東アジアまでユーラシア大陸を広く占める旧北区に属し、この区内の共通種が多く分布している。ただし旧北区はかなり広いので、西端のヨーロッパとの共通種もあれば、中央アジア以東の共通種、もっと限定して東アジアだけの共通種など、様々なパターンがある。さらに、東洋区(南西諸島・東南アジア・南アジア)やオセアニア区(小笠原諸島・南太平洋)、新北区(北アメリカ)に分布する種も少数ながら観察されている。このように、日本に生息する鳥類は大部分が旧北区の共通種で構成されており、ある程度はヨーロッパとも共通している。

この日本産鳥類の固有性とヨーロッパとの共通性は、省亭芸術の評価に強く影響している。これまでのコラムで紹介したように、省亭は日本に生息する鳥だけを描いてきた。同時期の明治・大正時代の画家も、それ以前の江戸時代の絵師も、クジャク類やインコ類など国外の鳥を多数描いており、この省亭のこだわりは異様なことと思う。省亭が描いてきた鳥の中では、キジ(第9回)やアカヒゲ(第24回)は真の日本固有種、ヒヨドリ(第26回)やコマドリ(第27回)は広義の日本固有種に含まれる。また、ウグイス(第2回)やモズ(第7回)などは東アジアのみに分布する。当時の芸術文化の中心だったヨーロッパではこれらの種を知る機会がほとんど無かったはずだから、それらの作品は写実性を正しく理解してもらえなかった可能性がある。一方で、ヤマシギ(第10回)・スズメ(第11回)・トラフズク(第17回)・マガモ(第23回)などはヨーロッパと共通で、省亭が生み出した写実性にヨーロッパ人も大いに驚いたはずだ。これらヨーロッパとの共通種の作品は、今なお高い欧米での彼の評価に大きく貢献しているだろう。

 さて、本作品に描かれた鳥はカササギである。カササギ(体長45cm)は旧北区を代表するような種で、ヨーロッパから東アジアまでのユーラシアに広く分布する。私が初めてカササギを見たのは、大学3年時に人生初の海外旅行で訪れたフランスだった。パリのシャルル・ド・ゴール国際空港に着陸した直後、飛行機の窓からカササギの飛ぶ姿が見えた。記念すべきヨーロッパの野鳥1種目であった。それくらいヨーロッパではカササギは数多い普通種で、ヨーロッパを訪れた初めての日本画家だった省亭も、各地でカササギを目にしたに違いない。

カササギは日本にも生息しているが、その分布は極めて限定的だ。元々は九州北部、特に佐賀平野にしか生息していなかった地域色の強い鳥であった(最近は北海道や本州の日本海側でも頻繁に目撃されており、北海道中部などでは定着して多数が繁殖し始めている)。上方や江戸で主に活動した江戸時代の絵師にとっても、同じく京都や東京で主に活動した明治時代以降の画家(省亭も含む)にとっても、カササギはかなり馴染みが薄い鳥だっただろう。それでも中国絵画で頻繁に描かれているためか、「陶淵明図屏風」(円山応挙筆 福田美術館蔵)や「梅に鵲図」(岡本秋暉筆 東京国立博物館蔵)など、カササギを描いた作品はいくつか確認できる。省亭も、これまでの中国絵画および日本絵画の伝統と、ヨーロッパでの観察経験を鑑みて、カササギを画題に選んだのだろう。

さらに本作品は、その背景にも重要な意味が感じられる。カササギがとまる松は、いかにも日本らしい画題である。この絵を当時のヨーロッパ人は、カササギに親しみと写実性を、松に東洋の目新しさと神秘性を感じたのではないだろうか。東洋人から見たら単に東洋的だけれど、西洋人から見たら西洋と東洋が混在しているように感じる、この二面性こそが本作品に込めた省亭の真の狙いだったのだろう。

高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。
専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。
鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。

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