PUBLICATIONS 鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.14 都鳥
渡邊 省亭 Watanabe Seitei
渡邊 省亭 都鳥

絹本 着色 共箱

vol.14 白の静と黒の動:都鳥

一般的に、私たちは花鳥画に静寂なイメージを抱いている。松や桜などの樹木、竹や笹、ススキや撫子などの草花は、画面に色や香りをもたらし、動きや音を抑える効果を持つ。これが花鳥画独特の静けさを生み出し、画面の雰囲気を静寂で支配する。けれども、絵画芸術において静けさは必ずしも優れた資質ではなく、静か過ぎる画面は退屈で面白みに欠ける。そんな時に、抑制された動きや音を再び画面にもたらすのは、鳥たちの役目である。地面を歩いたり、枝先にとまったり、宙を飛んだり、大声で囀ったり、水中を泳いだりと、彼らの多くは何かしらの動作をし、音を予感させる。草木が静を担うのに対し、鳥は動を担い、静と動のバランスが花鳥画の芸術性を生み出している。
本作品は、草木がほぼ存在しないにも拘わらず静寂である。手前には杭3本とヨシ1本があり、中ほどには薄墨で緩やかな水の流れが表されている。このため、これは川岸や海岸などの水辺の風景であることが分かる。ユリカモメが2羽、水面に静かに浮かんでいる。ユリカモメは後述のように白い冬羽で、手前のヨシは緑を少し残しており、まだ完全には枯れていない。そのため、季節は晩秋と推察される。画面全体は淡く霞みがかったようで、水もユリカモメもヨシも動かず、無音の静かさに包まれている。

ユリカモメ(体長40cm)は、日本で一般的に観察できるカモメ類(チドリ目カモメ科の一部の総称)8種の中で最も小さい種である。河川や海岸などの水辺に生息し、小魚や小動物を食べる。ヨーロッパから東アジアにかけてのユーラシア大陸に広く分布し、日本には越冬のために多数がロシア極東部から渡ってくる。北日本では大多数が晩秋や早春の一時期に見られるだけなので馴染みが少ないかもしれないが、東日本や西日本では都会の水辺にも数多くが暮らし、かなり身近な鳥である。全身が白または薄い灰色で、翼先は黒く、嘴と脚は赤い。頭部の羽衣は季節によって異なり、冬は白くて耳あたりに小さな黒斑があるが、夏は頭巾を被ったように全体が黒い。険しい顔が多いカモメ類の中で、ユリカモメは文句無くカワイイ顔をしており、小ささや身近さも相まって人気が高い。因みに、かつてはミヤコドリと呼ばれていたが、紛らわしいことだが現在は全く別の鳥(チドリ目ミヤコドリ科)の名前になっている。
さて、本作品を初めて見た際に、私は小さな違和感を持った。本作品では、ユリカモメ2羽が画面の左上隅に、杭2本が右下隅に比較的大きく配置され、余白はかなり少ない。本作品の空間の広がりは画面の中には無く、外にある。手前のユリカモメが見る画面の右外側には、彼の視線に沿って空間が伸びている。一方で彼が尾を向ける左外側には、空間の広がりは感じられない。その結果、本作品の空間の広がりは右外側に偏ってしまい、左右のバランスが悪く見えてしまっていた。これが私の違和感であった。

バランスを取り戻すには、右外側に空間を閉じるものが必要だ。そのために本作品には、右側に対を為した別の一幅が存在したのではないか、と私は考えた。それは画面の左外側に空間の広がりがあり、右外側は閉じたものだったはずだ。また、それは同じ水辺の風景で、ユリカモメが描かれたものであったはずだ。主題が対になるように、季節は春で、ユリカモメは夏羽で、その頭は黒い。白い冬羽の2羽に対する色のバランスを考えると、黒い夏羽のユリカモメは1羽だったろう。さらに、本作品の静に対して、こちらは動を担ったはずだ。画面に動きをもたらすのはユリカモメであるから、彼は宙を舞っていた。これらの条件を基に、対になる一幅を創造してみたい。
本作品と続きの風景だっただろうから、画面の左下隅には、枯れたヨシの茎が数本と伸び始めたばかりのヨシの短い新芽がいくらかあっただろう。中ほどには、黒い頭の夏羽のユリカモメ1羽が左を向いて宙を舞う。本作品の手前のユリカモメと視線を合わせていただろうから、彼より少し下に配置された。細長い両翼を上げ、暗灰色や黒の翼先が黒い頭と共に画面を締め、赤黒い嘴と脚が彩を与えていた。開いた尾は画面の右縁に位置し、余白を殺して空間を閉じていた。対となるこの一幅と並べてみると、本作品にあった空間バランスの違和感は消滅する。静かな白い左幅に対し、黒い右幅は動きがあり、静と動、白と黒のバランスも取れるのではなかろうか。
この右幅は、私の単なる夢想であろう。でもひょっとしたら本当に、夏羽のユリカモメが描かれた“黒の動の一幅”が存在したのかもしれない。省亭ならば、頭の黒いユリカモメもよく知っていたはずで、それも描きたかったのではないだろうか。いつか誰かがどこかで、私が夢想した“黒の動の一幅”を眠りから目覚めさせ、百数十年の時を経て“幻の都鳥の双幅”がようやく揃う。そんな叶いそうにない未来を期待してしまう作品である。

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高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。
専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。
鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。