PUBLICATIONS 鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.24 雪柳
渡邊 省亭 Watanabe Seitei
渡邊 省亭 雪柳

絹本 着色 共箱一文字・風袋印譜裂
119×41cm/213×55cm

vol.24 最も鳥好きな日本画家:雪柳

鳥を描くのが一番上手い日本画家は誰だろうか?こんなテーマの私的ランキングを、以前にトークショーで紹介したことがある。省亭をまだ知らない頃だったから、残念ながら彼は当時のランキングには入っていない。トークショーの参加者からは様々な予想意見が出た。伊藤若冲、円山応挙、岡本秋暉、葛飾北斎、竹内栖鳳、ご存命の画家ならば上村淳之氏だろうか?錚々たる御高名が次々と挙がったが、いやいやいや、私のランキングに彼らは誰も入っていない。私の性格や嗜好そのままに、かなり偏った順番になっていた。

1位は“剣豪”宮本武蔵(二天)である。彼が描いた「枯木鳴鵙図」(和泉市久保惣記念美術館蔵)は、日本絵画史上最高の花鳥画であると私は今でも評している。(※宮本武蔵「枯木鳴鵙図」は本コラムのvol.6百舌勝負:枯野でも紹介)モズが持つ“猛禽類の雰囲気”まで描けたのは、剣豪であった彼だけだったろう。では2位はというと、「日本のゴーギャン」とも呼ばれる田中一村を推したい(理由は後述する)。ちなみに3位は速水御舟であった。今改めて考えると、我らが渡邊省亭は3位に食い込みそうだ。

じゃあ見方を少し変えて、「最も鳥好きな日本画家は誰か?」になるとどうだろう。もちろん私も無類の鳥好きであり、雰囲気だけでも同好の士かどうかがなんとなく分かってしまう。画家であれば、彼らが描いた鳥のラインナップも大きな手掛かりになる。極度の鳥好きならば、玄人好みの種類をそれとなく加えているはずだ。一般的でなく、極端に珍しくもない、そんな種類を時折描くことで、マニアから「彼は分かっている」と評価されたい。省亭はクイナ・トラフズク・ハリオアマツバメ・ジョウビタキとなかなかの種類を揃え、間違いなく鳥好きだろうと私は確信している。しかし、田中一村のラインナップは、どの画家でも及ばない通好みなものだ。彼は間違いなく日本絵画史上一番の鳥好きであると、自信を持って断言できる。

一村が描いた鳥のラインナップを見てみよう。彼の画業は奄美大島移住の前後で大きく分かれ、それぞれで描いている鳥が違う。前期にはオナガ・カケス・トラツグミ・ミソサザイなど、長く暮らした関東の里山で見られる鳥が中心である。中でもトラツグミを選ぶところが秀逸で、「白い花」(田中一村記念美術館蔵)という傑作が生まれている。一方で後期には、奄美大島に生息する鳥たちが主に描かれる。ルリカケス・オーストンオオアカゲラ・リュウキュウアカショウビンと、愛鳥家垂涎の島固有種や人気種が目白押しである。亜熱帯気候特有の濃密な植物描写の中で、描かれた鳥たちは写実的で、生き生きとしていて、まるで目の前に実物が居るかのようだ。これが彼を「鳥を描くのが上手い日本画家ランキング」の2位に推した理由である。
さて、一村が奄美大島で好んで描いた鳥の1つにアカヒゲという小鳥がいる。アカヒゲは琉球列島のみに生息する日本固有種で、赤茶色の背に白い腹、そして雄の黒い顔が特徴だ。江戸時代の花鳥画などに時折描かれており、存在は昔から広く知られていたようだ(飼い鳥として流通していたかもしれない)。一村が描いたアカヒゲは、生態描写が実に優れている。「百合と岩上の赤髭」(個人蔵)や「桜躑躅の森に赤髭(サクラツツジとオオタニワタリ)」(田中一村記念美術館蔵)で、亜熱帯の植物に囲まれた中、雄は胸を張り、尾を広げ、顔を上げて口を開けている。確かに雄は、暗い森の中でこのような姿勢で大きな美声で囀る。その行動を正確に描くに当たって、一村は野外でアカヒゲを熱心に観察したのだろう。アカヒゲの最も魅力的なシーンはこの囀り行動であると、彼は確信していたと思う。

実は省亭もアカヒゲを描いている。本作品では、雪が積もった柳の垂れ下がる細枝に、アカヒゲの雄が仰向けに止まる。細部の描写は相変わらず写実的ではあるが、亜熱帯の鳥であるアカヒゲと雪景色の組み合わせは非現実的だ。また、このような格好で細枝にぶら下がることは、樹上で生活するカラ類やメジロならばよく見るが、暗い林床で生活するアカヒゲはあまりいない。ひょっとしたら、省亭は身近な小鳥をモデルに本作品を構想し、最終的にアカヒゲに置き換えて制作したのではないだろうか。同じアカヒゲを描いた絵であっても、背景・温度・音・動き・製作過程の全てにおいて、見事に対照的である。

アカヒゲ 撮影:宮彰男
アカヒゲ 撮影:宮彰男

生きた年代から考えて、明治時代の省亭が昭和時代の一村を知っていたはずはない。けれども両者のアカヒゲを見比べていると、一村が実際的なアカヒゲを描いた後に、その対比として、省亭の空想的なアカヒゲが作り出されたように感じてしまう。田中一村と渡邊省亭、どちらも優劣つけがたい不世出な花鳥画家であるからこそ、時代を超えて比較される運命にあるのだろう。

高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。
専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。
鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。

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