PUBLICATIONS 鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.15 四季の花鳥の図
渡邊 省亭 Watanabe Seitei
渡邊 省亭 四季の花鳥の図

vol.15 片翼の不思議:四季の花鳥の図/春の部

一見して不思議な絵である。画面下部には数株のナズナが可憐な白い花を咲かせ、上部には1羽のヒバリが飛んでいる。彼は口を開け、翼を広げ、脚で地面を蹴って宙を舞う。囀りながら天空目指して飛び出した、まさにその始めの一瞬が、この作品に永遠に封じられている。けれども、明らかに不可解な箇所がある。このヒバリは、右翼を広げ左翼を閉じた、不思議な体勢で描かれている。これにはどんな意味が隠されているのだろうか。

ヒバリ(スズメ目ヒバリ科;体長17cm)はヨーロッパから東アジアにかけてのユーラシア大陸に広く分布し、日本では北海道から九州までの草原環境で繁殖する。春を告げる身近な鳥として知られ、早春の頃に農耕地や河川敷などで姿をよく見かける。特徴は何と言っても、天高く舞い上がる囀り飛翔行動である。「ピチュピチュピリリチュイチュイ」などと大声で歌いながら一直線に飛び上がり、高く高く舞ったかと思うと突然囀りを止めて急降下し、さっと地面に降り立つ。この一連の囀り飛翔行動を、雄は縄張り内で何度も繰り返し、周囲のライバル雄を牽制し、雌を結婚相手に誘う。ヒバリの外見が薄褐色や茶色の地味な姿だからこそ、この囀り飛翔は、彼らの生存や繁殖においても、私たち人間が彼らに感じる季節感や文化的意味においても、極めて重要な特徴となっている。
さて、本作品の「片翼の不思議」はどう解釈されるべきだろうか。どうして省亭はこのような不思議な体勢を描いたのだろうか。この疑問に答えるために、初めにヒバリの囀り飛翔を実際に観察してみた。囀り飛翔が始まる一瞬に、もしかしたら私が知らない動作をヒバリはするのかもしれない。省亭は鋭い観察者だったはずで、描く前に鳥の行動をじっくり観察しただろうが、私だって現役のプロの鳥類学者である。日本画家との鳥観察勝負に負けるわけにはいかない!そう勇んで何度もじっくり観察してみたものの、やはり片翼の動作は見られなかった。ではこれは何だろうか。
改めて本作品をじっくりと眺めてみると、ある重大な誤解に気づいた。実はこのヒバリは、左翼もちゃんと正しく広げており、省亭はそれを正しく描いていたのである。ではどうしてそう見えなかったか。これには省亭の写実性が深く関わっていたようだ。

鳥の体は実に描き難い構造をしている。胴体は楕円体もしくは紡錘形で、そこから様々な付属器官が飛び出ている。頭からは嘴、胴からは左右の翼と脚、尻からは尾が伸びている。これらの付属器官はどれも細く、または薄平べったく、そして長く飛び出ている。そのため、飛び出た付属器官を正面手前に描こうとすると、遠近感覚が対応できず、輪郭が捉えにくくなってしまう。そのため、多くの画家は鳥の顔を真横から、胴や翼を真横または真上から描いてきた。いくら描写技術に長けた画家でもそれ以外の角度から描くのは困難だったはずで、意図的に避けていたに違いない。こんな複雑な3次元構造物を画面という2次元空間に移行しようとすると、どうしても無理が生じてしまうのである。

本作品のヒバリは左斜め後方から描かれている。そのため、左翼の先が正面を向き、輪郭を捉えるのが難しい。それでも省亭はこの体勢でどうしても描こうとした。ハイスピード撮影のカメラ機器など無い時代であったから、彼は頭の中でヒバリのイメージ立体像を回転させた、または手にした実物を回転させて、描きたい角度から観察し、その目に映った画像を正確に描き留めたに違いない。しかしながら、私たち鑑賞者はその形状を正しく想像することができない。そのために、この正確な描写に違和感を持ち、不正確な解釈を無意識にしてしまったのではないだろうか。
省亭の写実描写は驚くべきものだ。彼が作り出す芸術性は、時に私たちの理解力を大きく上回り、私たちを不可思議な世界へ連れていく。作品に込められた彼の超絶技巧は、それぞれに独自の味わいを与え、私たちを魅了し続ける。

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高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。
専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。
鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。