PUBLICATIONS 鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.17 月夜にみみずくの図
渡邊 省亭 Watanabe Seitei
渡邊 省亭 月夜にみみずくの図

vol.17 フクロウ類の横顔:月夜にみみずくの図

フクロウ類は夜の活動に適応した猛禽類で、他の鳥類とは全く異なる独特の身体的特徴を持っている。目は大きく正面を向き、微かな光でも物をはっきりと見ることができる。耳は左右で位置が違い、聞こえ具合の左右差から音源の位置を正確に把握できる。多くの種類では顔が平たい円盤のようになり、特殊な羽毛で縁取られている。これは顔盤と呼ばれ、パラボラアンテナのように正面方向の音を集める働きをする。体羽は極めて柔らかく、翼の羽は表面に微細な毛が生えてフェルトのように滑らかで、風切羽の外縁には鉤状の突起が無数に突き出ている。これらは飛翔時の羽ばたき音を大きく減らす消音の役割を持っている。このような数々の身体的特徴を駆使して、彼らは暗闇の中で獲物を見つけ、相手が気づかないうちに鋭い爪で獲物を捕らえる。まさに暗中のサイレント・ハンターである。

このような特徴を持つフクロウ類の顔は、正面からは実に描き易い。丸い頭の輪郭とハート形の顔盤の輪郭をとり、大きな両目と小さな嘴を付け加えると、誰でも簡単に、フクロウの顔をそれらしく描くことができる。これは、彼らの正面顔が平面的・二次元的であるからで、同じ二次元の絵画とは相性が良い。一方で、横顔は明らかに描き難い。まるで平皿を側面から描くようなもので、奥行きが深い上に見える範囲が限られるため、顔の輪郭を正確に捉えるのは難しい。また、顔の中央にある目や嘴は側面からは見え難く、その位置や形を捉えるのもまた難しい。多くの鳥では横顔こそ描き易く正面顔は描き難いのだが、フクロウ類は彼らの身体的特徴ゆえ、どうしても真逆になってしまう。
この横顔の難しさのためか、過去の絵師たちはフクロウ類をほぼ正面顔のみで描いてきた。狩野山雪の「梟鶏図」(根津美術館蔵)や円山応挙の「深山大澤図屏風」(仁和寺蔵)のように、正面顔の構図を初めから想定しただろう作品がほとんどだが、中には正面顔であることが明らかに不自然なものもある。例えば、長谷川等伯が描いた「佛涅槃図」(本法寺蔵)では、多くの仏弟子や動物たちが集まり、入滅する釈迦へ目を向けて嘆き悲しんでいる。けれども右下隅に居るフクロウは釈迦を見ず、こちらに正面顔を向けている。本来ならば釈迦へ目を向けた横顔が描かれるべきだったはずだが、かの長谷川等伯であってもフクロウ類の横顔は描き難かったのかもしれない。
さて本作品では、大木の枝で休む1羽のフクロウ類が描かれている。これはトラフズク(体長36㎝)という中型のフクロウ類で、ユーラシア中部(ヨーロッパ~日本)と北アメリカ中部(カナダ南部~メキシコ北部)に広く分布し、日本では北日本や東日本で繁殖し、東北地方以南で越冬する。低地の疎林に住み、日中は木立の中に隠れ休んでいるが、夜になると近隣の草地や農地へ出てネズミを狩る。かつては農村集落や市街地の社寺林や屋敷林でも繁殖する身近なフクロウ類であったが、最近は観察がめっきり少なくなってしまった。繁殖が今でも確認されている東北地方南部では、5月~6月頃になると巣立ち雛のかわいい姿を街中でも見かけることがあるそうだ。

本作品のトラフズクは、注目すべきことに顔も体も横向きで描かれている。その写実描写は相変わらず秀逸で、赤茶色の地に黒斑が多数並ぶ胴や翼、大きな羽角(耳飾り状の羽毛)、赤茶色の目、指先まで羽毛に覆われた脚など、文句のつけようがない。特に首の後ろから翼先にかけての背面は、トラフズクの複雑な色模様が端的に表現されており、羽毛の柔らかさすら感じられる。横顔には平面的な顔盤が正しく描写され、それを縁取る特殊な羽毛も細かく描き込まれている。省亭の高度な描写技術と優れた色彩感覚が存分に発揮されていると言っていいだろう。なお、省亭は「月夜杉木菟之図」(齋田美術館蔵)でも同じトラフズクを写実的に描いているが、こちらは正面顔の構図である。

省亭はどうして本作品のトラフズクを横顔で描いたのだろうか。それは、彼が自分の描写技術に大きな自信を持っていたからではないかと、私は考えている。省亭は、フクロウ類の横顔がこれまでほとんど描かれてこなかったことに気づいていたのではないだろうか。そして、自身の描写技術ならば達成できると確信して、本作品でフクロウ類の横顔に挑戦したのではないだろうか。しかし、いくら省亭でも、良いモデルが無くては横顔は描けなかっただろう。おそらく彼は、トラフズクの生体または剥製をどこからか入手して、それを入念に写生した上で本作品に取り組んだに違いない。トラフズクは容易には入手できなかっただろうから、本作品と「月夜杉木菟之図」は、同じモデルを用いて同時期に制作された姉妹作品なのかもしれない。省亭が描く鳥からは、彼の新しい挑戦の形跡が何かしら見出せる。それは探求者としてあるべき姿であり、同じく探求を生業とする私は、彼の真摯な姿勢にいつも敬服している。

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高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。
専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。
鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。

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