PUBLICATIONS 鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.38 特別編 行々子
渡邊 省亭 Watanabe Seitei
渡邊 省亭 行々子

絹本 着色 共箱 一文字風帯印譜裂
130×49㎝ / 227×65㎝

vol.38 特別編 熱い恋の駆け引き:行々子

私が待ち望んだ省亭の鳥が、ついに目の前に現れた。

東京都港区にある迎賓館赤坂離宮の花鳥の間には、省亭が下絵を描き、濤川惣助が製作した花鳥の七宝額30点が飾られている(本コラム第27回で詳しく紹介した)。省亭の最も大きな公的な仕事で、もちろん彼の代表作に挙げられる作品群である。それぞれ異なる鳥が描かれ、これまで本コラムで紹介した種類のほとんどが含まれる。逆を言えば、この七宝額だけで描かれた、他の作品では見かけない鳥がいくつかいる。けれどもこれは不思議なことだ。あの鳥好きの省亭が、七宝額の下絵だけで済ませるはずがないじゃないか。私は常々、この未見の鳥たちの別作品がいつかどこかで発見されると思っていた。そしてついに、予想通りの作品が私の前に現れたのである。

本作品のオオヨシキリ(体長18cm)は日本全国のヨシ原に生息する一般的な夏鳥で、ヨシのてっぺんで堂々と囀るオスを初夏によく見かける。外見はほぼ薄褐色のみでどうしようもなく地味なのだが、「ギョギョシ・ギョギョシ・キリキリ」などと聞こえる大きな囀りと真っ赤な口内が特徴的で意外とよく目立つ。別名の行々子(ぎょうぎょうし)はこの囀りから名付けられた。鳥類では珍しい一夫多妻制で繁殖するのもオオヨシキリの特徴で、多くの場合は一夫二妻になり、メスは巣作りから子育てまでを一手に担うが、オスはヒナへ餌を運ぶことだけは手伝う。地味なくせにかなりキャラ立ちしている鳥である。

本作品では、ヨシが生い茂る中にとまる3羽のオオヨシキリが描かれている。ヨシは青々として柔らかさが感じられるため、季節はおそらく初夏だろう。その柔らかい茎にとまるオオヨシキリは、比較的長い嘴と脚と尾を持ち、背は灰褐色で、胸や腹は白っぽく、目の上にはっきりとした眉斑があり、嘴の元には剛毛がいくらか生えている。省亭の描写の正確さは相変わらずで、この作品でも抜群である。翼の風切羽の固さや尾羽のしなやかさ、体羽の柔らかさを描き分ける卓越さにはいつも脱帽せざるを得ない。注目していただきたいのはヨシを掴む足指と爪の描写だ。オオヨシキリの足指は掴む力が意外と強く、爪は大きく鋭い。私は学術調査でオオヨシキリを捕獲することがあるが、この足指で掴まれると爪が食い込み、かなり痛い思いをする。省亭のオオヨシキリは足指が一周するほどに曲がり、小鳥に似つかわしくないほど爪が大きい。だがこれこそが正確な描写である。ちなみに、迎賓館赤坂離宮の七宝額のオオヨシキリも同様に3羽が描かれている。姿形やポーズは極めてよく似ているが、配置は少々異なる。

さて、これら3羽はどのような関係だろうか。3羽の中で、左下の1羽は他2羽よりも少しだけ小さく、少しだけ離れている。おそらくこの1羽はメスで、他の2羽はオスだろう。次に3羽の視線を追ってみよう。右上のオスは左上を仰ぎ見て、真ん中のオスは左横の体勢で目を上に向け、左下のメスは右上を見つめている。真ん中は右上の、左下は右上と真ん中のオオヨシキリを見ていることになる。オス→オスとメス→オス2羽の一方的な視線は、オスは争いの最中で、それをメスが見ていることを意味するだろう。おそらく、彼らのなわばりの境あたりに独身のメスが現れた場面で、オスたちはメスを強く意識しつつ争い、メスは彼らを見比べて値踏みしている。そんな恋の駆け引きが描かれた、熱々とした作品と考えられる。

人間は、ある物事を知ってしまうと以前の心情には戻れない。本作品の第一印象は動きが少ない静寂なものだったはずだが、この恋の駆け引きを知ってしまった後では、緊迫した熱い画面にしか見えなくなってしまう。全国のヨシ原で毎年繰り返されるオオヨシキリの恋愛模様を、省亭は静かな画面に永遠に閉じ込めている。

 

高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。
専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。
鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。


※「美術品入札会 廻 -MEGURU-」Vol.16は終了いたしました。

今回ご紹介した作品「行々子」は、「美術品入札会 廻 -MEGURU-」Vol.16に出品中です。

出品詳細はこちら→ 「美術品入札会 廻 -MEGURU-」Vol.16_「行々子」

2023年11月18日(土)〜11月26日(日)にかけて、加島美術にて開催する下見会では本作品をご高覧いただけます。お近くにお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。

【オークション/下見会 概要】
「美術品入札会 廻 -MEGURU-」Vol.16
下見会  :2023年11月18日(土)〜11月26日(日) 10:00〜18:00
入場無料/会期中無休
入札締切日:11月26日(日) 18時
開札日  :11月28日(火) 15時
出展作品 :528点
会場   :加島美術(東京都中央区京橋3-3-2)
Web   :https://meguru-auction.jp/

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